「『被爆ピアノ』が奏でる未来への伝言
2010.08.08

  爆心地から1.8キロの民家で「ミサコちゃん」が弾いていたそのピアノは爆風で無数のガラスが突き刺さったものの焼けずに残り、一人の調律師の手で命を吹き返しました。そんな声なき歴史の証言者を囲むように音楽家や朗読家、高校生たちが土浦に集い、平和を願う「未来への伝言」のコンサートが行われました。
 今年は土浦第二高等学校の合唱部がステージに登場しました。東京のクラーク記念国際高等学校の有志約100人も駆けつけ、高校生たちの熱いメッセージも送られ、ステージは詩の朗読で幕開けし、ピアノ演奏『ミサコの被爆ピアノ』朗読トーク高校生の歌へと続き、ピアノを調律した矢川光則さんもゲスト出演しました。
また、入場者に「被爆ピアノ」に触ってもらう時間も設けたそうです。

■参考資料
・被爆ピアノ矢川 公式サイト・オフィシャルサイト
・広島平和記念資料館WEB SITE
・広島市
 8月6日は広島平和記念日です。
昭和20年(1945年)8月6日(月)快晴、午前8時15分17秒「エノラ・ゲイ(ENOLA GAY)」という名前のアメリカ軍B29戦闘機が原爆「リトル・ボーイ」が投下されました。まもなく高度580mで炸裂したこの原爆はこの一瞬の爆発で30万人の民間人の生命を奪いました…
 広島市に投下された原爆で被爆したピアノが、あの時と同じ熱い夏の8月8日(日)、土浦市民会館で行われました。

 被爆したピアノは1932年、静岡県浜松市にあった日本楽器製造(現ヤマハ)工場で作られたもの。高さ120センチ、重さ220キロ、鍵盤は現在のピアノより3鍵少ない85鍵ですべて象牙でできていますが、今はその象牙もすっかり黄ばみ、ボディにはガラスが突き刺さった無数の傷が残っています。「ミサコちゃん」が4歳のとき、父は自慢だったイギリス製のオートバイを手放してピアノを買い、家族みんなで弾いて歌いました。ミサコちゃんも毎日練習して「将来は音楽学校に」と夢を膨らませていましたが、戦争が始まるとピアノなど弾く余裕もなく、子どもたちは兵器工場で働かされました。そして8月6日、原爆が落とされて大地が揺れ工場の窓ガラスが吹き飛び、崩れた工場からやっと抜け出して家に帰ってみると、ドアや壁が吹き飛んだ家の中にそのピアノは傷だらけで残っていました。終戦から数日後、人にせがまれてピアノを弾くと「戦争で負けたのにピアノを弾くとは…」と近所から石が投げ込まれ、以後、ミサコちゃんはピアノから遠ざかってしまったのです。

 そのピアノが息を吹き返したのは2005年。広島市内で調律と修理を手掛けながら発展途上国にピアノを送る活動をしていた矢川光則さんの記事が新聞に載り、78歳になったミサコさんが電話をし、「自分が死んだらピアノはただの古いピアノとして処分される。できればどこかに寄付して残してほしい…」と…その後、児童文学作家・松谷みよ子さんとミサコさんの交流から絵本『ミサコの被爆ピアノ』が生まれ、朗読家の飯島晶子さんが続けてきた被爆ピアノコンサートの輪が広がったのです。
 昨年からは三味線の人間国宝・杵屋巳太郎さんや詩人、谷川俊太郎さんの息子でピアニストの谷川賢作さん、歌手のおおたか静流さんも加わった朗読と音楽のステージ「未来への伝言」が東京からスタートしました。


 広島市内は毎年8月6日に、原爆死没者への追悼とともに核兵器廃絶と世界恒久平和の実現を願って平和記念式典を行い、広島市長が「平和宣言」を世界に向けて発表しています。広島長崎の悲惨な体験を再び世界の人々が経験することのないよう、核兵器をこの地球上からなくし、いつまでも続く平和な世界を確立しようと、これからも平和宣言は訴え続けていきます。戦争のない世界に…願います。

『ミサコの被爆ピアノ』
 被爆ピアノの声に耳をすまし平和を想う物語広島に原爆がおちた日、爆心地より1.8キロの地 点で1台のピアノが被爆しました。今なお現存する「被爆ピアノ」が、戦争の苦しみと平和への願いを奏でます。
・著者/訳者:松谷みよ子/文 木内達朗/絵
・出版社名:講談社

■松谷 みよ子 1926年、東京生まれ。坪田譲治に師事し、1951年、『貝になった子供』で第1回児童文学者協会新人賞を受賞。以後、「モモ ちゃんとアカネちゃん」シリーズ(講談社)をはじめとする童話 、絵本、紙芝居、詩、エッセイなど、幅広い創作活動を展開。 各地を旅して生まれた作品も数多く、なかでも信州の小泉小太 郎伝説に想を得た『龍の子太郎』(講談社)は、1962年、国際アンデルセン賞優良賞を受賞。多くの作品が舞台化、劇化されるなど、その文学は赤ちゃんから熟年に至るまで、広く愛される 国民的文学となっている

■木内 達朗 1966年、東京生まれ。国際基督教大学教養学部生物科卒業後、 渡米。アートセンターカレッジオブデザインイラストレーション科卒。1992年に帰国、以後フリー。数々の小説の挿絵や装画 を手がける。ボローニャ国際絵本原画展入選。講談社出版文化 賞さしえ賞受賞。2006年に英国ロイヤルメールのクリスマス切 手を手がける。東京イラストレーターズ・ソサエティ会員(本 データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


『ひとりひとり』
・著者/訳者:ふくだ としお (絵)/ 谷川 俊太郎
・出版社: 成美堂出版

■谷川 俊太郎 1931年東京生まれ。詩人。21歳のとき、第一詩集『二十億光年 の孤独』を刊行。詩作のほか、戯曲、映画脚本、絵本・童話の創作、翻訳など、さまざまな分野で活躍している。『マザー・ グースのうた』で日本翻訳文化賞、『日々の地図』で読売文学賞など、数多くの賞を受賞

■ふくだ としお 1971年大阪生まれ。大阪芸術大学工芸学科卒業。accototo(アッコトト)として絵本、デザイン、イラストレーション、絵画 、壁画など様々な作品を手掛けている。動物をモチーフとした タオルや陶器などの雑貨も展開している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

「被爆ピアノ」が奏でる未来への伝言…(isao1977k)
ひとり ひとり ふるさとは 同じ この地球(barber-mary)
『被爆ピアノ』が奏でる未来への伝言、コンサートについて(isao1977k)
Copyright (C) 『功里夢斗』 All Rights Reserved.